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鳥羽・河内火祭りトップぺージへ


田舎の暮らしと夏に行われる火祭りについてつづっています
by hisa
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未来日記
これから少し寝て、朝4時に起きる予定です。

今日は村の「山の神」のお祭りです。
ボクが今年来年と役目を仰せつかっている若衆頭(四人)は羽織袴姿で山の神が奉られている小さな社に出向き、参拝者を御神酒となますでもてなす役目をすることになっています。
夜半から雨の心配もあるので今夜は夕食後に仮設テントを張りに行ってきました。
早朝は冷えるでしょうしお酒と焚き火で寒さを紛らせるのだそうです(今年はじめての参加です)

ただ、村の人達にお参りに来て貰う。
行事としてはそれだけのとても質素な祭です。
本来は「祷を焚く(とうをたく)」という重要な儀式が同時に行われるのですが、今年はその対象となる青年男子がいなくてそれは割愛されることになりました。

「祷を焚く」…聞き慣れない言葉なんですが、これは昔の元服式の様な習わしでこの儀式を経ることによってうちの村に住む男子は一人前と認められるということです。
(祷を焚いて変わるのは…山の権利を相続する資格を得、共同作業に出る場合一人→一区〔半人前ではなく一人前〕と認められるなど)
山を中心に生活が成り立っていた頃の制度であり女性を対象から外している点など、もはや化石の様な慣習で意義は限りなく希薄になりつつあるんですが、いにしえの文化に触れるという観点からはなかなかおつな行事じゃないかと思っていて今後もよく見ていきたいと思っています。

色々書きたいことはあるけど、睡眠時間がなくなっていくし今日はこの辺で…
(夜は忘年会出席の為酔っぱらい必至!…日記は書けそうもないので今日は早々と更新させていただきました(^^ゞ)

# by kaizoe | 2002-12-01 13:38 | 河内火祭りと若衆
火祭りの夜
「ご用だ!ご用だ!」
時代劇で、そう下役人が叫びながら下手人(げしゅにん)を追いかけて行く。
その時持っている「御用」って書かれた提灯、あんなヤツを片手に持ち、服装は紋付き羽織袴姿のボクは毎年お盆15日恒例の「火祭り」に出ました(提灯には御用の代わりに頭衆と書かれています)
足元は黒足袋に桐の高下駄、もう片方の手には刃向かう者を叩きのめす為に持った青々とした竹の杖…
そんな時代錯誤的恰好をしているのは決してボクだけではなく祭に参加する全員が同じ羽織袴もしくは忍者の様なというか奴の様なというか、奇妙な襦袢姿をしています。
さらに…祭が行われる場所は山の頂上にある先祖代々の墓地。
もし、都会から初めて見学に訪れた方が見たとしたら…大昔にタイムスリップしたのかととまどうような情景だと思います。
墓地の隣に何年か前にNTTドコモの中継アンテナが建てられましたが、その銀色の塔の存在がかろうじてその日が21世紀なんだということを思い出させてくれる、祭の夜はそんな不思議な一夜です。

今年は夕方6時半に始まって終了は翌2時頃でした。
行程としては…0時までは鐘と太鼓を打ち続け、その後全長20㍍の大松明に火を灯し、燃やしきった後それを狭い会場にそのまま倒します。
昨年は倒れる時に松明の先が参加者の若衆の一人に当たり救急車を呼ぶことになってしまいましたが、今年はうまく倒れました。

野性的で荒々しいこの祭を何とかこれからも続けていきたいと思っていますが、後継者不足等様々な問題が持ち上がっていて頭が痛い毎日です。
とりあえず、来年は自分が若衆の一番年長になり若衆と祭を動かす本当の権利と責任を負うことになるので、自分の役目だけはきっちりと努めたいと思っています。
今日も、後継者問題の一つ二つが別の席で話題に上って…「もう、来年の祭は始まっているんだなぁ」と実感しました。

今年は太鼓と鐘を休まず叩ききった若衆達に対して観客から惜しみない拍手が送られましたが…そんな周りの応援だけが楽しみであり支えです。
来年もいい祭をしたいなぁ…

# by kaizoe | 2002-08-16 13:58 | 河内火祭りと若衆
ターザンの蔦
お盆が近づいてきました。
うちの村では毎年8月15日に行われる盆祭「火祭り」という行事があるんですが…その開催日もだんだんせまってきて準備や段取りがいろいろ忙しくなってきました。

今日は朝から執行部と新入りの少年達(15歳)に出て貰って、山に藤蔦を切りに行ってきました。

祭のフィナーレを飾る大松明は杉の丸太、麦ワラ、ワラ縄など、昔から伝わっている製作法、材料をそのままに受け継いで作っているんですが、完成すると20mに達するその大松明を広場に建て三方から大綱で引っ張って固定する、そのつなぎの部分には柔らかくて物理的強度に優れる藤の蔦が用いられます。

藤っていうのは、学校や公園に藤棚として栽培されていたりする春に紫色の可憐な花をつけるあの花です。その幹、蔦の部分は太いものだと人間の腕や太股くらいになりますが、山の沢づたいに自生するその野生種をとりに行くのです。
極太の藤は直径約90㎝重さ70㎏の真鍮製の鐘(鉦という字を使います)を叩くハンマー型のバチに使うのですが、大松明(柱松といいます)を固定するのに使う細身で柔らかい根の部分と合わせて軽トラックに2杯ほどの分量を毎年山に調達しに行くことになっています。

この暑いさなかに傾斜がきつく足元の悪い山に入り、時には木によじ登ってノコギリを挽き、切り落とした重い藤を肩に担いで車まで出すのはかなり重労働です。
毎年、上品にそして華奢になっていく新入り君達にとっても非日常的でちょっとした試練になるのかも知れません。
「どうしてそんなことをしなければならないのか…」
こんな作業や祭に参加すること自体に疑問や反発を感じ、村を出たり組織から脱退する人が増えてきているのですがボクらは何とか続けていきたいと思っています。

戦後の華々しい復興と経済発展を成し遂げた日本の力、その土台を支えてきた大きな柱は男達のねばり強さと身体、精神のたくましさだったのではないでしょうか。
その力と魅力を現代社会は日に日に失おうとしているように見えます。

祭に参加するということは、ひとりひとりに正にそんな力を要求し、いっぱしの男として成長していくようにその向上の機会も与えてくれると思っています。

この後、来月8月7日に若衆全員が集まって柱松作りの準備、その日から毎夜の練習も始まって科学や文明から遠くかけ離れた不思議な1週間が始まります。

# by kaizoe | 2002-07-28 13:36 | 河内火祭りと若衆