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田舎の暮らしと夏に行われる火祭りについてつづっています
by hisa
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2004年 08月 04日 ( 1 )

記念にとっておくか
記念にとっておくか_a0019755_23572857.jpg
私の左肩にはテニスボールを半分にスライスしてくっつけた位のコブがあります。

火祭り(大念仏)で使われる二つの真鍮製の鉦(かね)は鉦のみの重量で80㎏を超えていますから、担ぎ棒と綱を合わせると90㎏近くあるでしょうか。
二人で均等に担うとして一人の肩に45㎏程の重量が掛かることになります。
夕方の6時半に祭りが始まり、7時くらいに岡に上がってからは大念仏が終了する翌0時位までは人の肩から下ろしてはいけないことになっています。
鉦打ち達はこれを4組から5組で交代しながら延々と打ち鳴らしていきます。
いつだったか、夜が明けて東の空が白んでくるまで行われたこともありました。

ただ担ぐだけでも重い上に、自分自身で振木(しんもく)という槌を振って鉦を叩かなくてはいけません。そのたびに鉦をぶら下げた担ぎ棒はギシギシ揺れ、肩に食い込んできます。

最低でもざっと5時間くらい叩き続けるわけですが、我慢の限界は……そうですね~、開始30分くらいでやってくるでしょうか?(笑)
肩は赤く腫れ上がり、時には皮が剥けたり擦り傷になったりします。
それでも、痛いのは全員一緒、棄権をすることも誰かにレギュラーを交代して貰うこともできませんからみんなただただ頑張って叩き続けることになります。

私が鉦打ちの現役だった頃は後半戦に入る頃になると、暴れ疲れた先輩達が何処かに消えてしまっていることが結構あり、4組での交代の筈が3組になり最悪の場合2組または、いつまでたっても交代が来てくれない、なんてこともありました。
そんな時も何とか叩ききりましたが、ある年、祭りを終わってみたらお土産に左肩にポッコリと大きなコブができていたというわけです。

一時の腫れだろうと思いたかったのですが、いつまでもコブは消えませんでした。
少し不安になり、念のため病院でMRI検査をして貰いましたが、脂肪のかたまりで特に悪性のできものではないと言われました。
そう言われても気味が悪いものですが、それでも手術で取り除くのも何だか面倒なのでそのまま現在に至ってしまいました、ハハハ。

8月に入り、いよいよ今週末が7カ日の出合い。
その日から本格的な準備と練習に入り、15日の本番に繋がります。
ここ数年、若衆の脱退が相次ぎ、今年は今まででは考えられなかった48名という少人数での開催になってしまいました。
去年も50数名という人数でしたが、その時頭だった私は祭りの前に冗談で鉦打ちの一人に、
「今年は人数も少ないし鉦は3組づつにするわ」
と、言ったことがありました。
「うわぁ、無茶苦茶ですよ、勘弁してくださいよ」
と、言ったリアクションを期待しての悪ふざけでしたが、予想に反して、
「それしかしょうがないんやったらやりますよ」
と、言う返事が返ってきました。
その人は、某大手真珠販売会社に勤める上品なサラリーマンだったので少々驚きました。そして、大変頼もしく思ったものでした。

若衆達のそういう心意気に支えられて祭りは続いてきたわけですが。
人数は減っても今年も彼らはやりとげてくれるでしょう、きっと。

by kaizoe | 2004-08-04 00:39 | 河内火祭りと若衆