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リーゼント、剃り込み、学ラン、ボンタン、タバコ、ヤンキー座り、メンチ…ボクらの学生時代は不良と呼ばれる連中やツッパリ、暴走族、ヤンキーがいっぱいいました。
ボクは彼らの不思議なスタイルや挙動を見るたび、 「何でそんなに型にハマっとんの?自分なりのツッパリ方ができんの?」 そんな風に思いました。 ボクはと言うと。 学生時代は……掃除はマジメにやる!学生服の中には白いYシャツを着る!教科書は毎日家に持って帰る!でも、宿題や予習なんてできる限りしない!タバコは吸わない!人の気持ちと友達は大切にする! まぁ、そういったことにかなり拘っていましたが、それが言わばボクなりのツッパリ方でした(笑) いや、ちょっと待ってください。 よく思い出すと、身近な不良グループの中には個性的で面白い人達、結構いましたね。 画一的なのは中身の薄いその他大勢の子達だったわけで、グループの中心にいるような人はやっぱり何か光るものを持っていました。 河内の中での付き合いも「昔はとんでもなく悪かった」っていう人ほど、魅力もあって、現在気持ちのこもった付き合い方をしているような気がします。 河内というところは昔っから荒くれ者の多いところらしく、当時の若衆の中には伊勢志摩地方の暴走族の主要メンバーが結構いました。 みんな筋骨隆々で気も荒かったですから、時々別の地域のグループと小競り合いも続けていたみたいです。 高校生の時だったかなぁ、祭りの練習が終わって家に帰るとき、 「これから、○○の奴らが攻めてくる!」 と、いう情報が仲間内に流れ、地元グループが迎え撃つ為にこれから集まるらしいとその話は続きました。 『ああ、どちら様もご苦労なこって。ケガせんようにせいぜい頑張ってくだされ』 なんて、ボクが呆れていると、グループと交流のあった当時の一番の友達が、 「どうしょうかな。俺も行こかな」 と、暗がりの夜道を歩きながらボクの隣でマジメに言い始め、その時は少なからず驚きました。 『俺、すごいトコに住んでるなぁ』 その友達を1人で危ない目に合わせるのがイヤだったから、自分も及ばずながら助っ人に行った方がいいのかと真剣に悩みました。 『角材とか持って戦ったらええんかなぁ。殴られたらメチャクチャ痛そうやな』 ただ、他のグループの人達とは殆ど接点がなかった為に何だか「何?お前?」とか「お呼びでない」ってことになりそうな気がして、結局その夜ボクは1人で家に帰りました、ハハ(^^; あっ、そうそう、思い出しました。 「俺も行こか」 って、聞いたら、当時鳥羽の高校生をまとめて番を張っていたその友達はいつものように気さくに笑いながら、 「ハハハ、(来なくて)ええわ、帰れさ」 みたいな事を言ったのでした、確か。 正直、そう言われて男として寂しい気持ちにもなり、こんなことなら早くグループに入っておけばよかったなんて、訳の分からないこと思ったりしましたね、その時。 しかし、あの晩は実際に何かあったのだろうか?高校卒業後、愛知県に出ていったその友達とはもう随分会ってないけれどいつか再会したら聞いてみよう。 おっと、前振りだけで随分長くなってしまって。 こういった思い出話は連載ってことで、気長にボツボツ書いていきますわ~。
by kaizoe
| 2004-07-01 17:15
| 河内火祭りと若衆
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