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田舎の暮らしと夏に行われる火祭りについてつづっています
by hisa
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こんな風に考えます
一度触れようと思っていたのですが……

お昼のニュースで、
「子供による凶悪犯罪が後を絶ちません……学校教育の一層の改善が求められています」
と、いった風ないささか聞き飽きたことをまた言っていました。

ボクはマスコミや教育関係者達が、本気でそんなことを考え言っているのだとしたら、それこそ大問題ではないかとよく思います。
学校教育で子供達の精神面をコントロールしたり病んだ魂を救うことができると彼らは本気で考えているのでしょうか?
もし考えているのなら、そんなの楽天的過ぎるし、まったくの身の程知らずにしかボクの目には写りません。
第一、ここ数年、事態は改善されるどころかますます深刻化している現状があるというのに、まだ性懲りもなくそういうことを軽々しく口にすることは無責任だとさえ思います。
むしろ、みんな、本気では何も考えていないからそんなありきたりな意見しか思い浮かばないのでしょう。


ニュースでは、
「相手を大切にする気持ち、命を大切にする気持ちを養う授業を……(なんとかかんとか)」
とも言っていましたが、それもまた恐るべき勘違いとトンチンカンぶりです。
そういうものは教育ではぐくまれたりするものではないように思います。

ボクは特別優しい人間ではありません。
でも、生き物はなるべく殺さないようにしているし、ゴキブリですら見つけても見逃してしまいます。
さすがに蚊は叩きますが、それもあまり気持ちのいいものではありません。
それは、教育で教え込まれたからではなく、これまでにいろんな経験をし、たまたま行き着いた状態なのです。
子供の頃たくさんの生き物を殺したということも少なからず影響しているでしょう。
トンボの尻尾を千切って代わりに草の茎を刺して飛ばしたり、カエルの口に爆竹を突っ込んで破裂させたこともありました、まだまだ残酷なことはたくさんやりました。
そういうことをやっていた頃は特に罪悪感もなかったように一見思いますが、30数年経った今でもその時の状況を映画を見るように思い出せるというところを見ると、不快な気持ちや後悔を伴って記憶に焼き付いてしまったのだろうと思います。
若い頃、誰かに傷つけられたり、反対に傷つけたりしたこともたくさん覚えています。
そういう様々な体験を経て、今の自分ができたのであり、今、途中経過として、
「なるべく生き物は殺したくない、なるべく誰も傷つけたくない」
と、いった気持ちや行動に繋がっているのだと思います。
決して学校教育の……例えば道徳の授業や教員の指導によってそうなったのではありません。

「教え育てる」……「教育」って言葉自体が何だか高飛車で押しつけがましい感じを含んでいると思いませんか?
システムを構築してきた人間達が持っている体質のうち、傲慢さや独善的な資質がこの言葉ににじみ出ているのかも知れませんね。

頭のカチコチな秀才達が「教育、教育」と、騒いでいる内は事態は何一つ改善していかないんじゃないでしょうか。
自分たちがまず子供達を見下ろすような態度を改め、おのれの曇っためがねをもっと懸命に磨こうとしなければ、問題の本質も解決策も永遠に見えてこないように思えてならないです。
現場で頑張ってる方達もきっとたくさんいるのでしょうが……

by kaizoe | 2004-09-22 01:05 | 田舎生活
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