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田舎の暮らしと夏に行われる火祭りについてつづっています
by hisa
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根藤取り
a0019755_22381828.jpg昨日は柱松の材料に使う根藤を取りに山へ行ってきました。

渓流沿いを歩いて、画像左に写っているような藤の蔓を探し、その根の部分を土を掘りながら採集します。

a0019755_22382875.jpg地中を這っている部分は地上に露出している部分よりしなやかで、ロープのように使うのに適しています。
なるべく太いものをなるべく長いまま採集したいので、みんなでひたすら穴掘りに精を出しました。

a0019755_22383598.jpg集めた根藤は、例年どおり山ノ神さんの前の用水路にいったん沈めて保管しました。
祭りまで、まだ20日以上ありますから乾いてしまわないようにする為なんですわ~。

来週の日曜は、振木に使う藤の幹の部分を取りに再び山に入るそうです。
ほんとは一緒に取る予定だったのですが、振木の部分は水に漬けて保存できず、少しでも乾燥させないようにという配慮から一週間延期することに急遽変更されました。
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by kaizoe | 2005-07-24 23:04 | 河内火祭りと若衆
花火大会に行きました
尺玉ひとつ作るのにどれだけ手間暇掛かるのか知らないけれど、点火してから数秒後、爆発して跡形もなく消えちゃうじゃないですか。
花火って、それで何をするわけでもない、後に何も残らない。

無料開放されたミキモト真珠島から鳥羽湾に打ち上げられる花火を見ながら、
「作る側も見る側も、こんな無駄なことをしていていいのだろうか。戦争や民族、宗教の対立や、相変わらず飢餓や病気や世界中には解決しなきゃいけない問題が山ほどあるっていうのに。作るべきもの、催すべきものをわたしらは間違ってやしないのか」
そんなことをぼんやり考えていました。

打ち上げ花火の他に、タグボートの様な船舶から海上に投げ落とされた花火が海面で次々に爆発する「海上自爆」も例年通り披露され、扇状に広がって見える光の絵は一瞬だけ現れるクジャクの尾羽の様で確かに綺麗でした。
でも、船の背後で次々に爆発していくその様子は、後からドーンッと腹にも響く轟音のせいもあって、何度みても「機雷」を連想してしまいます。打ち上げ用の台船から夜空に向けて光の玉が連射される様子も湾岸戦争の時に見たパトリオットミサイルをどうしても彷彿してしまいます。

最近はみなとまつり花火大会も派手になり、轟音と夜空に展開する光の花が途切れることもないくらいに盛大になってきました。
大会も佳境に入り、2艘の船が並んで海上自爆を投下し、その背後で通常の打ち上げ花火を連発、海面に2つの扇の花が咲き、上空に尺玉が折り重なるように展開された時は、答志島の島影がぼんやりと闇に浮かぶ薄暗い鳥羽湾が一瞬光の粒で埋め尽くされた様になりました。
また、今年、わたしは真珠島から見ていましたので、たまたま海上自爆の船舶の進行方向から見学することになりました。
扇状の花と爆音がだんだんと迫ってきます。船が島にもっとも近づいた最後の投下では爆発の輪の中に呑み込まれた錯覚に陥りました。破裂した花火の帯がこちらの頭上に降り注ぐのではないかという不安を感じる程間近で見ることができました。
その頃は心臓の鼓動も速まり、憂いも忘れただただ感動していました。

目の前ではすさまじい爆発が連続し、不安を掻き立てる爆発の轟音も鳴りやまないのだけど、それはテロでも戦争でもなく、何かが破壊されることもなく、誰かが傷つけられることもなく、ただ、ひたすらに見学するわたし達の心に大きな感動を届けてくれるわけで、花火はあらためて素晴らしいものだと思いました。
最後の海上自爆が終わった時、島の観客から拍手が起こりました。
わたしも自然に手を叩いていました。

打ち揚げの台船は海上彼方にあり、花火師さん達にそれは届くわけないのですが、
「素晴らしい贈り物をありがとう!」
と、みな感謝の気持ちと喝采をおくりたかったのでしょう。

なんだか否定的な書き出しになりましたが、わたしは子供の頃から花火が大好きなんですよ、念のため~。
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by kaizoe | 2005-07-23 19:47 | 伊勢志摩百景
みなとまつり「花火大会」
a0019755_23484310.jpgう~ん、ほんとはあんまり他人さまには教えたくないのですが。。。

最近「鳥羽」「イベント」「祭り」というキーワードでうちのサイトに訪れてくださるお客様が増えました。
夏休みも始まり、旅行、レジャーを計画中の方が、
「何か楽しい催しはないかなぁ?」
って、ネットを探してて、うちにもフラッと寄って下さるんでしょうね。

そんなあなたに耳より情報(笑)
8月15日に行われるうちの祭りも見て欲しいですが、この22日に行われるみなとまつりもいいですよ~!
特に花火大会がお勧め!!わたしも大好き!今年も見に行きま~す。


花火は鳥羽湾に浮かぶ筏から打ち上げられます。
幸か不幸か鳥羽は過疎の田舎ですから、街の灯火も少なく、その為に夜空はいまだ漆黒。花火の美しさがよく生えます。
名前は知りませんが、菊の大輪のような花火がゆっくりと海面に吸い込まれていく様子もなかなかに叙情的。動から静、明から暗へ、花火が消えた後の静かな夜の海の表情を楽しむのもまたオツかも知れません。
画像の海上自爆も個性的でいいでしょ?
是非一度ご覧になっていただきたいです~。

みなとまつりに関する情報 其の1
みなとまつりに関する情報 其の2
花火大会画像 其の1
花火大会画像 其の2
花火大会画像 其の3
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by kaizoe | 2005-07-21 23:46 | 伊勢志摩百景
鉄甲船は鉄ではなく嘘で被われている?
今晩のNHK「その時歴史は動いた」は織田水軍(九鬼水軍)の鉄甲船がテーマでしたので楽しんで見ました。

信長は大阪本願寺(石山本願寺)攻めに苦しみました。
兵糧攻めまで漕ぎ着けても、大阪湾から木津川を経て物資を補給する水路を断つことができず、制圧に時間を要したということです。
本願寺側には水軍では最強と言われた毛利の村上水軍がついており、天正4年(1576)に行われた織田水軍との海戦では村上水軍の勝利に終わっています。
2年後、リベンジマッチの切り札として信長が送り込んだのが嘉隆に造船を任せた巨大鉄船(鉄甲船)6隻で、その新兵器の威力によって織田水軍は村上水軍を撃破、大阪本願寺制圧につなげたそうです。

鉄甲船は初めて鉄の装甲を施した軍船だったそうで、どんな形だったか、どのように作られたのか興味津々だったのですが、番組ではCGを交え分かりやすく説明してくれました。
特に、装甲に使われた鉄板を刃物で有名な関の刀鍛冶達が製造したという新情報には、一時はうなってしまいました。
鉄工業と造船を結びつけた信長の独創性と実行力にもあらためて畏敬の念を持ったのですが……しかし、いくつかの疑問というか疑念も抱いてしまいました。

ほんとに刀鍛冶達の手作業だけで、巨大な安宅船の船体を被うほどの鉄板が製造できたのだろうか?番組中で一隻に使われた鉄は5tくらいと言っていましたから単純計算して30tの鉄板が製造され関から伊勢に輸送されたことになります。それも最初の海戦の敗北から軍船完成まで2年しか経っていないのに、その間にできたのか?
また、絶対的な重量の問題や装甲が主に船体の上側にされていたという推論から重心が高く不安定な構造だった筈で、それでよく一隻も沈むことなく海戦に参加し勝利を得られたものだということ。
嘉隆と配下の者達、伊勢は大湊の船大工達の造船と操船技術の優秀さがあったとしても、少し話が出来過ぎのような気がしました。

そしたらば……この記事を書くためにネットで少し鉄甲船について調べてみたら、その軍船が鉄の装甲を施されていたというハッキリした歴史上の記述は今のところないらしいんですってね?
つまり普通の木の船だったかもしれないと。
おお!その方があたしゃ納得できますぞ!!
NHKは何か新しい情報を持っているのかと番組のサイトを覗いてみたら、こちらでも使っている資料は鉄甲船についての一般的なものみたいです。
さらに、「関鍛冶による鉄板の製作」も推論、CGで出ていた船のデザイン、構造も想像とハッキリと述べられています。

あの番組は歴史番組と思い教科書的に見ていましたが、フィクションの多い娯楽番組なのかも知れませんね。
ちょっとびっくり!NHKの製作姿勢にもびっくりです。
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by kaizoe | 2005-07-20 23:30 | 歴史の旅へ
古いものが新しい
青少年や大人に成りきれなかったらしい成人達の痛ましい事件を目にする度に、「偏り」ということを考えてしまいます。
思考、嗜好の偏り、日常生活、人生経験など精神面での体験の偏り、人間関係の偏りなど。

残念にも犯罪を犯してしまった人について、その人達の人格やそれぞれの生活環境、人生の歩み、そして周辺の人間関係等を分析、分類、否定等軽はずみにするべきではないと思っていますが、それでも、犯罪予防するためにもある程度人の心の研究や議論というものはしていくべきなのだろうとも思います。

【「自分嫌い」な子供たち 中学生の半数以上 心の意識調査】
このニュース記事を読んで、論調とは反対にむしろ、子供たちというのはその時代の中で自然に呼吸し、その時代の色にうっすらと染まっていくのであって、相変わらず素直で柔軟な存在であり、我々大人はそれほど慌てたり絶望視する必要もないのではないかと楽観的になってしまうのですが、一方、論調通りに子供たちの発している信号から彼らの精神的危機を汲み取ることもやはり重要だとも思ってみたりします。
ただ、我々周辺の大人達は現代社会の閉塞的状況の中で子供たちが濁った空気や毒物的な要素に染められ、彼らが負わされて喘いでいるその問題のフォルムとコアを的確に捉えられたとしても、実際的にいったい何ができるのか考えた場合に、自分達の力のあまりの小ささにガッカリしてしまいがちです。

わたしも何にもできないわけですが、幸いわたしたち河内人には火祭りがあり、それを通じて子供たち、若者たちに何かを受け取って貰う機会、チャンスは与えられているように思っています。

食生活、つまり栄養摂取の偏りが肉体の健康的な発育を妨げるように、生活や人生の中での体験の偏り、単純化の傾向に陥るということはやはり精神の発育にとって余りいい状態と言えないだろうと思うのですが、それは逆に言えば、人は様々な体験を経るごとにたくましく、豊かに成長していくものだということを表すことになるのでしょうね。
普遍的な指標である、
「かわいい子には旅をさせろ」「苦労は金を出してでもしろ」
有名なアレですよね(笑)

祭りに参加するには、精神的にも肉体的にもそこそこの苦痛を伴いますし、いくつかの壁を乗り越える為に、我慢や自分なりの動機、意欲をものにしないと、うまく消化できないと思うのですが、特に思春期の青年男子にとってはなかなかいい人生経験の場になっているのでなかろうかとわたしはかねがね思っています。
柱松を建てる。楽をみんなで直す。練習する。本番では一緒に役割を任された仲間と交代しながら暗闇で行われる祭りをやり通す。時には鉦と楽のもみ合いなど、ケンカに近い状態になることもあり、そういう時は眠っていた闘争心を呼び覚ましたり、またある時は仲間同士助け合いながらと、火祭りの一晩で得られる収穫は数え切れないくらいあるでしょう。

楽しく参加するにしても、システムや人間関係の中に反発を覚えるにしても、時には肉体や心を傷つけられることがあるとしても、人には回復という素晴らしい機能もあり、どの経験もが自分の血肉として消化できうる筈であり、何ひとつ無駄にはならないと思うんです。
実際、祭りに参加している男達=若衆達はみないい顔をしています。

「村の中で、次の時代を担う男達を育てる場」と、しても祭りは重要だと思いますので、わたしたち周辺の大人の役目としてはそれをなくさないようにサポートして行かなくちゃいけないと思っています。

また、村社会を否定した、会社や家族、個人を核とした20世紀後半の社会の形は、ストレス社会や人々の孤独化、子供たちの精神の荒廃化など、多くの問題点を露呈しており、その打破を期待され責任を背負わされがちの政府の政策や教育も完全に行き詰まっているのが現状だと思いますが、そこで、例えば火祭りのある村での子供たちの成長というものが、どんな風に子供たちの精神に作用しているかなど研究してみるのもいいんじゃないかと思っています。

古くさいものを守っていると思ったら、これからの地域社会の理想像を追い掛けるというテーマにおいて我が村は案外先端を行っているのではないかともたまに思ってみるのです。

子供たちの心が荒れてしまえば、次の時代は確実に荒れるわけで。
子供は親の背中を見て育つと言われますが、我々の曲がった背中が集まったものが今の社会であり、子供たちの心を曇らせたり毒々しいもので濁らせているものが何かあるとすれば、それは我々が吐いた毒であったり、社会の掃除を怠っている怠惰のせいではないかと思えてなりません。我々が背筋をまっすぐにし、身の回りのホンの小さなスペースでもいいからそこの濁った空気や水を入れ替えることが身近な子供の心を蘇らせ、そういった末端での積み重ねにより初めて綺麗な次の時代に繋がっていくのではないか……そんな風に思えてなりません。
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by kaizoe | 2005-07-18 16:23
ほだ木の本ぶせ
2月に行った椎茸栽培の原木(ほだ木)作り
菌を打ち終わった原木は「仮伏せ」という形で密集させたまま垂直に立ててあったのですが、並べ方を「本伏せ」という形に変えました。
ホントは5月くらいに行った方がいいらしいのですが、忙しくて今頃になっちゃいました(^^ゞ

椎茸栽培のことは全然知識がないので、ネットで調べ、まずは場所の選定。
椎茸の生育に良いとされる条件は、

ア.直射日光が当たらない。
イ.風通しがよい。
ウ.水はけがよい。
エ.湿度が低い。
オ.どのほだ木にも雨が当たり、どのほだ木の周りにも風が通る。

う~ん……そんな場所あるかい!!

a0019755_1159297.jpg我が家でその条件に一番近そうな場所を選び並べてみました。
後は、季節の変化やお日様の射し方を見ながら日よけを付けたり調整していきます。

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by kaizoe | 2005-07-14 12:10 | 田舎生活