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田舎の暮らしと夏に行われる火祭りについてつづっています
by hisa
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<   2005年 03月 ( 5 )   > この月の画像一覧

丸山さん・其の2
19日の続きです。
a0019755_024507.jpg参道の石段同様、私が子供だった頃は本堂や山門もかなり傷んでいたのですが、本堂は国の重文に指定されていることもあり、平成5年、文化庁によって大幅な改修がなされました。
当時、本堂脇には立派な現場事務所が建てられ工事も長いこと掛かったんですが、全行程が終わって改めて見た時、何に驚いたって、それは何処にお金掛けたか全然分からないということでした。

板を張り合わせた「こけら葺き」の屋根はなるほど重厚さも増してキチンと直っていましたが、全体を見た正直な印象は、
「ほとんど変わってないじゃん!相変わらず地味~」
でした。
文化財保護とはそういうものかと、その後に思いました。
ただ立派な建物をというなら、例えば地元の大工さんだって、きっとこの本堂以上の物を建てるでしょうし。
補修の跡は板が割れて欠けていたところを他の材料で塞ぎ、柱が腐っていたところも悪いところだけチョン切って別の材で継ぎ足して補修されています。
涙ぐましい努力というか、仕上がりはどこか貧乏長屋を彷彿させ少し情けないんですが、でもそれでいいのでしょうね。
ちなみに中はこんな感じです。

a0019755_025553.jpg「コツブガヤ」を撮影したつもりでいたんですが、帰って調べたらどうもこれは「イスノキ」のようです。

a0019755_0252029.jpg境内からはちっぽけながら海も見えるのです。小学生の頃だったか、初めてそのことを知った時には激しく感動したものでした。中学生の頃はクラブ活動のトレーニングで寺までランニングしてきて、この場所から海を見て帰ったものでした。視界を遮る針葉樹達は当時はなかったのですが。



※あっちゃぁ~、記事の編集をしていて誤って「丸山さん・其の1」を削除してしまいました。。。(3.29)
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by kaizoe | 2005-03-22 01:29 | 伊勢志摩百景
ネコヤナギとバカボンパパ
a0019755_175514.jpgそろそろフサフサのネコヤナギが見られるだろうかと川原に行くと、子供の頃よく楽しんだ場所にはもうなかった。

家に帰って庭をふと見ると……あれっ?、何故かネコヤナギが!
聞いてみると母親が育てているのだそうで、自分の家のことなのに案外わかっていないものだ。


「ヤナギの枝にネコがいる~♪だから、ネコヤナギ~♪」
とは、テレビアニメ「天才バカボン」の主題歌の一節だが、このフレーズには放送開始当時少なからず衝撃を受けたものだ。
その後、バカボンパパのエキセントリックな人間性と生き様に傾倒したりした。
どうすればパパのような面白人間になれるのか。自分も転んで頭を打てば、その中の歯車が外れて口から飛び出し、パパのように生まれ変われるのだろうかと思ったりした。

ただ、この主題歌のフレーズ、今思うと恐ろしく単純な発想でしかない。
では、何処に惹かれたかといえば、アホらしいくらい単純なギャグを全国放送のアニメで自信たっぷりに歌い上げ、しかも主題歌として毎週毎週放送し続けるという、その堂々とした態度と潔さに対してだったかも知れない(笑)
また当時、時代と情報技術の先端であったテレビ(アニメ)の中で、自分がその頃家の近くで発見し心密かに気に入っていたネコヤナギを取り上げられた事が意外であり、興味を引かされたということもあったのだろう。

思い起こせば、ネコヤナギとの出会いはバカボパパとのそれよりも衝撃的だった。
一番の特徴である外周だけ白く輝いたように見える銀色の花穂は、猫やその他小動物の毛並みを連想させるまったく愛らしい姿であり、子供だった私にはその部分が植物とはとても思えなかった。触れた感触もフワフワ、サラサラとして心地良かった。
その綿毛が成長し、いつかたくさんの動物として生まれ変わり動き出す情景を空想したりした。

花穂はこれから絹毛の中から葯(やく)が延び出し、雄花はその先端に黄色い花粉を見せるようになる。
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by kaizoe | 2005-03-13 18:25 | 自然と共に
そしてまた、奴らは襲ってきた
奴らは音もなく忍び寄っていました。
クルマで出掛けようと庭に出た私が何かの気配にフッと振り返ると、一味の斥候らしきヤツが木の一部と化して微動だにせずジッとこちらの様子をうかがっており、そいつの存在に気付いた時にはすでに辺り一面、一味に取り巻かれているような状態でした。

裏山を見上げると風もないのに木々の所々が激しくざわめいています。
やがて静けさを打ち破る不気味な叫び声が森のあちこちから響きだしてきました。
ハッ!として、視界をパンさせると別のヤツが隣の水田のあぜ道を我が物顔に歩いています。
畜生、いつの間に!?
その傍若無人なる一味に遭遇した時、女性は、いえ、かうかしていると最近は男性さえも取り囲まれて逆に威嚇されるそうです。
今日は私が運悪くそういう状況に立たされてしまいました。

私が暮らすこの村は元々住民の少ない静かな土地ですが、今日は特に隣近所に人影は見あたらず、今回、私ひとりでその事態を何とかせねばならなくなりました。
いかに対処すべきか迷い、決断を躊躇している間にも、奴らは次々に山を下り、足の速い者はすでに隣の畑や庭先に迫り、ある者は庭木を力任せに揺さぶり、またある者は畑に実った果実や野菜を物色し略奪し始めていました。
自分の中に奴らに対する怒りが燃え上がるのを感じました。
その瞬間に私は奴らとの戦いを決意しました。

すぐさま納屋の引き戸を開け、棚の隅々に武器を探し始めた私ですが、動転していたこともあってか火器(ロケット花火)は見つけられず、仕方なく表に飛び出すと直接勝負を挑むべく、山へ続く細道を駆け上がり奴らの群に向かって全力で走り出しました。
奴らは四方に散開し相変わらず森の中からも不気味な雄叫びが聞こえています。いったいどれだけの数がいるのか見当も付きません。

しかし、サル、言っちゃ悪いですがサルごときに私ゃ負けたくなかったんで、雄叫びに負けないくらいの大声を、
「うぉーーーっぉぉ!」
と、張り上げ、わざと大股でドタドタと大地を踏みならして、奴らの中心に突っ込んで行きましたよ。
噂に聞いている通り、逆に取り囲んで威嚇してくるならそれも面白い。
「お前らサル軍団ごとき、俺ひとりでまとめて相手してやらぁ!」
と、脳内アドレナリン充填120%、気分は一気に銭湯、いえ、戦闘モードに突入しやる気満々で山道を走りました。
すると……奴らは正に蜘蛛の子を散らすように逃げて行きました。
山の中に逃げ込まれてはさすがにどうしようもありません。
少なくとも10数頭、山から出ていた奴らサル共は登り勾配や茂みなどもろともせず、森の中を泳ぐように一瞬にして消えてしまいました。
森の入り口に立ち神経を集中させ敵の気配を探ると、木々のざわめきも生き物の気配もいよいよ遠のき、森もすぐに以前の静けさを取り戻しました。
一方、私は……実際は数十メートルほど坂を駆け上がっただけだというのに、心臓は踊り、息はゼェゼェ、貧血で頭はボーッとなりもはや倒れる一歩手前の状態でした。
あ、余りの体力のなさに直接対決はなかったというのに私は深い敗北感に苛まれました。

戦いは僅か数十秒で決しました。
ですが。。。
「私は……サルには勝ったが……己に負けた」
いつかサル軍団と直接対決する時が来るなら、人として恥ずかしくない戦いぶりを見せられるよう、己をもう一度鍛え上げなければ!
って、言うか、運動不足見え見えでまったく恥ずかしい限りです。
もうちょっと運動します……まずは、え~っと……ウォーキングぐらいから(^^;
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by kaizoe | 2005-03-08 03:24 | 田舎生活
こりぁ、旅をセントレア!
旅客機がずいぶん低いところを飛んでいくのを見て、何かあったのかと一瞬驚きました。

「あぁ、セントレアが開港して飛行機の航路も変わったんだ。空港が近くなった分だけ南から飛んでくる飛行機は早めに高度を下げるようになったんだな。あれはどっから飛んできんだろう?九州?四国?それとも国際便かな?」
私がそういうことに気付いた頃には山の影からふいに現れたその旅客機は二見ノ浦の海上に出て、もうかなり小さくなっていました。

そんなことがあって……こんな山の中に住んでいる私ですが、これからはそんな悲観したものでもないんじゃないの?と、思うようになりました。
今までも名古屋や大阪程度なら日帰りでも出掛けることが何とか可能でしたが、セントレアの出現でさらに海外と国内の遠方地がグンと身近なものになりました。
誰かが飛行機を利用してセントレアに下りたったとして、空港島から橋を渡ったところにある常滑港からフェリーに乗れば1時間40分後には、ミキモト真珠島、鳥羽水族館の真横にあるターミナルに着いています。
1時間40分というと、自動車や列車ならそろそろ退屈になるくらいのまとまった時間ですが、この場合はフェリーでのクルージングですから、刻々と変化する潮の表情や無人有人の島々を見たりと、つかの間の船旅を楽しんでいたらあっという間でしょう。

行きたかったけれど移動の不便さで、今までいまいち気持ち的に遠かった沖縄、九州、東北、北海道、それから海外の国々。
これで一気に近い存在になり、私も何だか無性に旅に出たくなってきました。
あと、足りない物は……旅費だけです(ノ_<。)
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by kaizoe | 2005-03-05 03:09 | 田舎生活
魚は森で育つ!?
「魚つき林」(うおつきりん)って聞いたことありますか?
「海で採れる魚や貝、海藻類、あれって海の栄養だけではなくて森や川から運ばれる養分が大きな役割を果たしていて、陸地と海との連係プレーで育てられているんだよ」
海産物資源を大切にしようと思うなら、海だけ見ているのでは不足で、まず森と川の流れを大切にすべきなんだよね……と、いうような考え方です。ですよね(^^;
海との関わりを真剣に考える漁業関係者たちの間で、古い話では江戸時代から植林事業などを通じて森林の保全と育成に努めてきた例もあるそうです。


この前「青い鳥の岩壁」を目指して山歩きに行った時、途中でこういう情景を目にしました。
a0019755_1405123.jpg

a0019755_2171148.jpgこれは炭焼き仕事の為に雑木林が伐採された後。
切られた木材はワイヤーに吊されて谷を越え、

a0019755_2174323.jpgこの窯で木炭として加工されています。

a0019755_219987.jpgところで、これ、ちょっと乗ってみたくなりません?(笑)
コホン、真面目な話に戻します。木を切られ、禿げ山に変わった様子は私にはどこか傷口のように見えてしまいます。
つい感傷的な気分になり、「乱開発、自然破壊は悪いこと」と、小さい頃から刷り込まれてきた自分たちの世代にはいささか攻撃的な感情さえ呼び起こすところもありますが、最近は歳をとったせいかイライラや無力感を相変わらず覚えつつも、もう一方で冷静に事象を捉えそういうことについて総括的に考えるようにもなりました。

a0019755_2224080.jpgこれは近くの林の中で見つけた古い炭窯の跡です。
どれくらい前のモノかちょっと分かりませんが、かつてはココで炭が焼かれ、材料の材木は周りで調達された筈。

a0019755_225131.jpgその頃、先の画像のように殺伐とした禿げ山だったのだろう周りの地表は今ではうっそうとした木々に覆われ、森として見事に復元されています。
昔は人口も少なく、仕事も機械化されていなかったから、開発と復元のサイクルとバランスは自然に任せておいても総体的には上手くいっていたのかも知れませんね。

ただ、今は人間の力は強大に、自然の力は逆に追い詰められて小さくひ弱になっていますから心配にもなります。
私らの日本、郷土の自然環境はこのままで大丈夫なのかしらと。
今までと同じように「だってしょうがないから」と諦め、目を逸らし、無気力無関心を続けていていいのかしらと。
最近の私らは森との距離があんまりにも遠ざかってしまったらしい。
私もそうなんですが大抵の人は森のことを分からなくなってしまってるみたいに思えます。
近い視点としては相変わらず、いえ多分昔以上に誰もが木や草花を愛で、大切にしている筈。でも、残念ながら気持ちがそこらで終わってるように見えるんです。
これがホントの木を見て森を見ず!(笑)
森と川、海の関係についてもっと知っていかなきゃと思います。
海を育て、健康な生態系のバランスを持続させていく力として、それをバックで支える森はどれだけのボリュームを必要とするのか。また、どんな形の森が最適なのか。伐採され傷ついた森はどれくらいの時間で復元されるのか……などなど。

私らが住んでいる鳥羽は山と海の両方を持っていますが、周りからはまだ「魚つき林」の考え方を取り入れようという声は耳にしていません。
でも、我が鳥羽湾でも川が注ぎ込む湾内での海藻、貝類の生産は年々不安定になっており……山の減少、荒廃と川の汚染が関係している気もずっとしています。
うちの村はダム問題を抱えていることもあり、今、内輪で自然保護のようなことを口にするのはいささかスリリングだったりもするんですが、そろそろ提案していった方がいいだろうなと思っています。
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by kaizoe | 2005-03-02 02:53 | 自然と共に