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田舎の暮らしと夏に行われる火祭りについてつづっています
by hisa
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浅い夢のような頃
a0019755_2122132.jpg

村下孝蔵さんの「初恋」の主人公は好きになった女の子に気持ちも告げられず、モジモジしているシャイなヤツでした。
彼が放課後の校庭を走る彼女を見ていたのはこんな木造校舎の窓だったのでしょうか?

これはボクが通っていた中学です。
ただ……解っていただきたいのはいくらなんでもボクはそんなおじいさんではありませんので。
当時でもかなり時代遅れのオンボロ校舎でした。
廊下は歩くとギュッ!ギュッ!と音がするウグイス張り、おまけにヘタをするとバキッと床板を踏み抜きそうになるスリリングな建物でした(雨漏りはどうやったっけ?確かあったような・笑)

ボクはクラブ活動は軟式テニスをやっていたんですが、一面しかないコートのすぐ隣では女子のソフトボール部、またその隣では野球部が練習をしていました。
カッ、カッ、カッ、カッと、いつものヤな音が背中から聞こえてくると、頭を押さえて縮こまったりしました。
野球部のセンターが大きなフライやゴロを追い掛けて、スパイクを鳴らしてコートに走り込んでくるんですね。
低学年の頃は体も大きくて学校の実力者揃いの野球部の人には、
「失礼だなぁ」
と、思いつつ、誰も何もいえなくて気持ちを曇らせたものだったなぁ。
最上級生になってからは、同級生が後ろ下がりにフライをキャッチしたりすると、
「おっ!幸治うまいやん!」
とか、楽しんでましたが。
また、テニス部の西側では男子、女子のバレー部が土のコートで汗を流していました。
えっ?ウソって?(笑)
ハハ、何を隠そう我が母校には体育館がなかった為にバレー部は外のグランドで部活をやっていたんですよ。
4つのクラブがひしめいていたお陰で放課後のグランドはいつも窮屈でしたよ~。

ボクはスポーツはいまいち不得意だったんで部活や体育祭は灰色の思い出ばかりですが、その分、文化祭が来ると水を得た魚のようになりましたね~。
特に、劇は小学生の頃から好きでしたから自分達で脚本書いたり書き割りなんかも作って結構入れ込んでやってました。
やっぱり講堂(体育館)がないから、音楽室+家庭科実習室ぶち抜き大講堂という特設会場(笑)に仮設ステージを作り、全校生徒がギュウギュウになって各クラスの発表会を見たり集会を行ったりしました。
そんな不便な文化祭ややっつけの講堂がちょっと好きでした。
狭いグランドもオンボロ校舎もホントは大好きでした。

お前の人生でどの時代が好きかと聞かれれば、即座に中学の三年間と答えるでしょう。
当時は毎日が夢みたいに楽しくてね~、友達が好きで、学校が好きで……勉強は好きではありませんでしたが、校舎の窓から見える河内や隣の岩倉町の景色もメチャクチャ好きでした。
自分はこんなに幸福でいいんだろうかと、時たま恐くなりました。
……やっぱり……世の中ってうまくできているものですね。ボクもその後、いろいろなことを経験しました。

時は流れ……来年のお正月に久しぶりに同窓会を開くことになったのですが、何故かいつの間にやらボクとTさんという女性が幹事に決定していました。
せっかく選んで貰ったのだからと頑張ってやることになったのですが、どうなることやら。。。

あっ、ココで一つ!
ボクは、
「昔は良かった……あの頃に戻りたい」
と、いうフレーズが大っ嫌いで、それだけは死んでもいいたくないです。
じゃ、なんで「中学時代は楽しかった」なんて書いたか。
これまでに一番楽しかったのは中学時代……でも、これからもっと楽しいことが待っている筈、そう思っているんですわ。

今は……我が加茂中の校舎は鉄筋コンクリートの建物に変わり、立派な体育館も建てられました。ボクらの思い出がぎっしり詰まった校舎はもうありません。
でも、それはそれ、今の学校と今のふるさと、そして思い出と同じくらい自分たちのこれからを愛していきたいです。
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by kaizoe | 2004-11-18 22:23 | 田舎生活
たかが訓練
消防の訓練や防災訓練って、実際の災害の時にホントに役に立つの?
とは、消防団の仲間内でも良く出てくる意見ですわ。

消防の放水の実際についても、筒先(水を出すところ)から水利(水を送るところ)まで伝令が口頭で指示を伝えるまで水を送らないようにとか、いろいろ基本形式があるわけでちょっと間延び、間抜けな感じがしないでもありません。
その時、伝令はわざわざ右手を水平に上げ「放水始め!」と伝える。
また、それを受ける水利側の機械員(ポンプ係)もやはり右手を上げ「放水始め!」と復唱してからポンプを操作し始め水を送る…なんて風に。
そんな悠長なことしてて、火の手が大きくなったらどうするんだ、本番では形式なんかすっ飛ばしてとにかく水を送ることが肝心じゃないか……そういう、一見もっともらしい意見が出るんです。
でも、そういうことをいってる人より、真面目に練習をたくさんする人の方が実践の場ではきっちり働けるんですわ。

有事の際、人は少なからず慌てるでしょう、平常心を失うでしょう。
そんな時、無意識のうちに体が半自動的に動くことが重要になってくる。
うちの部はへっぽこですけど、最低限の訓練は積んでいます。
実は今年の夏にごく近所で家屋の火災があったんですけど、第一発見者であるボクらは近所の団員を集めて普通に消火しました。
その時、見物人(野次馬ともいう)も集まってきて騒然とした火災現場の中では声も届きにくく、やはりポンプ近くまで走らないと指示は確実に届きません。
ビジュアル情報を加え、動作を交えればより正確性が増すでしょう。
また、消防の水圧はバカになりませんから火点の状況を見ずに送水することも危険です。
結局、まどろっこしく思えても、形式に沿った手順を踏むのが確実で安全なのです。
確実で余裕のある作業を行えば、物事というのはおおむねうまく運ぶものだと思います。
火事も大事に至らずに鎮火させられました。
その時は真面目に練習しておいて良かったなぁと思いました。

たかが訓練ですけど、されど訓練。
毎年の積み重ねが大事だと思いますから、そういうイベントがある時は面倒でしょうけどやっといてくださいませ。
避難する列中の自分のイメージが記憶の何処かに残るとか、ちょっとした経験がいざという時に冷静になるのに役立ったりするかも知れないじゃないですか~。

ホントは抜き打ちでやるといいんでしょうけどね……でも、それでけが人が出るといけないし、実践的で効果的な訓練は難しいですね。

ところで、ボクらが消火をしている頃、連絡を受けて出動した本署の消防車はどうしていたか。
火災現場に向かう途中で、道が狭くなり先に進めず止まってしまいました、とさ。
って、オイ!
笑い話ですんだからいいようなものの、なんで普段から市内の道幅くらい調査しとかんのや~っ!
ワシら、年俸23,500円で火事消させて貰ってさぁ~……税金返せ!責任者出てこ~い!!(…まぁ、あんまり払ってないけどな・笑)


きいろさんの日記へウソっこトラックバック!
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by kaizoe | 2004-11-18 01:32 | 消防団
秘境速報!
a0019755_1555577.jpgつい、さっきのことなんです!
ふと、窓の外を見ると、裏山から見知らぬおじさん二人が何かを背負ってうちの庭に下りてきました。
「おっ!狩りの獲物だ!!」
と、慌ててカメラを取りにダッシュ!
珍しいから撮らせて欲しいというと、快く一度下ろしてくれました。


a0019755_1555394.jpg最初、イノシシだと思ったのですが、シカ、オスのシカですね。
シカっていうと、うす茶色で白い点々のある体を連想しがちですが、成体はこんな風に黒っぽいんですね。
首筋には馬のたてがみのような一際長く黒い体毛も生えていました。自分の印象としてはオスにしては割と小さい個体かな?


a0019755_15562921.jpg野生のシカは私も美しいと感じますし、自然の一部として、またひとつの命として大切にしなければと思っています。
でも、狩られた個体は獲物として切り替えて捉えたいです。
ご都合主義……かも知れませんがどっかで線引きしたいのです。

一度、狩りにも同行させて貰って詳しく取材すると面白いだろうと思っているんですけど。
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by kaizoe | 2004-11-15 16:28 | 田舎生活
火は消して、気持ちは燃やして!
11月9日は「119番の日」、そして秋の火災予防運動の初日になるということで我が鳥羽市消防団加茂分団もおとといの晩に「非情呼集」という、実践形式の放水訓練をやりました。

「一般市民を驚かせたくないから町中ではサイレンは鳴らさないように。。。」
と、いう本部からの事前の注意も馬耳東風で聞き流し、ボクら第3部河内消防団はミキモト真珠島の前からウゥ~、ウゥ~~ッ!と全開鳴らしまくりで訓練予定地にすっ飛んで行きました(笑)
鳥羽の消防団には9つの分団があり我が加茂分団はさらに6部に別れています。消防車も6台あるのですが、みんな考えることは同じなのですねぇ!
消防車など緊急車輌はやっぱり赤色回転灯とサイレンをオンにしないと気合いもオンになりません。
6台の車列を組んで現場へ向かったその全車がフライング気味にサイレンをオンにして仮想の火災現場までずっと続いている商店街に突っ込んでいきました。

夜の鳥羽の街でショッピングをしていた観光客の人達が不思議そうにみていましたが、そうやって見られるのがまた楽しいんですね~……あっ、いやいや、アホですね~まったく(^^ゞ

訓練は山火事を想定したポンプ6台の連結放水という非常勤の消防団員にとっては少し高度な内容でしたが大筋ではうまくいきました。
まぁ、消火活動というのはスピーディーであればあるほど良いわけで、細かい反省点を数え上げればキリがないんですが。。。

訓練のあと、久しぶりにみんなでご飯を食べに行ったのですが、場の雰囲気を壊すことを承知の上で真面目で厳しい話も出しました。
「火祭りの存続について」なんですけど、このサイト(ブログ)でも度々書いてきた通り、主に人員の減少という面で現在うちの祭りは危機的な状況に立たされているんですね。

人々の生活パターンや先祖供養や生き方や日々の楽しみ方など価値観までが以前とはかなり変化してきていて、昭和や大正、明治、それ以前からの仕組みを今のみんなの生活に当てはめることが相当困難になってきているようなのです。
結果として、ドンドン人が辞めていってしまう。
村自体も少子高齢化が進んでいます。
理想的な運営を仮にやっているとしてもマイナス要因が多いこのご時世なのに、組織作りと運営の仕組みが金属疲労を起こし一層足を引っ張るような形になっている今の状態はさらにまずいといえるでしょう。
もはや、焼け石に何とかかもしれませんが、仕組みの抜本的改革が必要になってきておるわけです。
ただ……みんなそれぞれの生活を負っていますし祭りにばかり時間や熱意を割いてもいられません。
改革の必要性を関係者はみんな認識していながら実際はココ数年遅々として進んでこなかったということもあるようです。
400年の間、祭りを変えず、消えさせずにきた本来は村の長所である粘り強さが、変えるべきところまでも拒絶するという大きな摩擦力になっている部分もあるでしょうか。
また、個人的にはボクが頭役を務めさせて頂いた昨年も組織の基盤については触らずに、今思えば表面的な活性運動ばかりに躍起になっていた気もします。
腰が引けていたかもしれません。
そして、どうしてもっと早く今の問題点を取り上げなかったのか……そういった自分の歩みを色々と反省しているところでもあるんですが。。。
とにかく、一刻も早く真剣な話し合いの場を持って仕組みの改革をしなければいけないだろうと、そんなカチカチの話を本当は団体としては関係のない消防団の席でやりました(昔と生活が変わった為に盆以外は若衆が集まる機会もほとんどなくなってしまったんですね……寂しいところです)

「改革する気がないならいっそ全部止めた方がええ!このまま流されるままに……みんながそんな消極的な態度でやっていったらどっちみちろくなことにはならん。情けなく落ちぶれていく様なんか俺は見たくない。いっそ止めよう。みんながもしこのまま行く気なら……俺は(抗議の意思表示として先に)辞めるから」
ともいってしまいました。

この先……特に来年の祭りをどんな風にむかえるかが大きなポイントになってくるだろうと思っているんですが、いい状態でむかえる為にはみんなが自分の時間を削って話し合いをしていくしかないんですよね。そうなったら勿論ボクも付き合いますし。

今年の頭も消防仲間でその席におり、
「とりあえず鉦役(若い衆執行部)を集めて(原案を)話し合ってみるわ」
と、いってくれたので期待したいと思っています。

たかが祭りになぜそこまで入れ込まないといけないかというと……それはまた日を改めて書きますが……
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by kaizoe | 2004-11-11 23:58 | 河内火祭りと若衆
非情の鉄条網
a0019755_20454352.jpg野生動物の侵入をシャットアウトする非情とも言えるこの最終兵器=鉄条網、ついに完成!!
これで我々は文字通り鉄壁の守りを手に入れることに成功したのです!!

えっ?現物、ずいぶん貧弱だなぁ、って?
確かに!(笑)

いやぁ、けっこう真面目に作ってるんですけどね~、いささか緊張感のない仕上がりですね~。
有刺鉄線ってかなりクセが強くてなかなかヒネリや曲がりが取れないんですよ。
アタシは血液型A型ですし、物作りはキッチリとやりたい方なんですけど、今回完成度はイマイチでした、ハハ(^^ゞ
この方式で30メートルばかり施工しました。

心残りは「安い!(仕事が)早い、上手い(機能がいい)!」を施工コンセプトにし、極度にコストを抑えた為……い、いや、ぶっちゃけ銭をケチった為に柱がやたらめったら貧弱になってしまいました(^^;
建築用の12ミリ鉄筋を用いたんですが、鉄の中でも柔らかい性質なんで簡単にグニャリと曲がっちゃうんですよね。
コレじゃ、イノシシやシカに本気でタックルを喰らわされたらひとたまりもないかも!?
仮施工から2週間、今のところ効果はバッチリですが、まっ、壊されたら壊されたでまた考えよう(ホントにA型なのか!?)

a0019755_23325457.jpgこっちは2,3年前から別の場所につけているワイヤーメッシュ(やはり建築用の材料)製の柵ですが、こちらは見た感じ通りうまくイノシシやシカをシャットアウトしています。
この方式で50メートル程度。
できれば、このやり方で畑全体を囲いたいのですが貧乏なので材料が買えないのですよ
(ノ_<。)うっうっうっ


あっ、ところで…イノシシのパワーは想像以上にスゴイですよ。
この柵をつけた頃、畑への進入経路がなくなった為に、この柵さえ破って強引に入ろうとしたヤツがいるのです。
直したので今は画像はないのですが、どうも一番下の地表すれすれのところに牙を差し入れ力任せに持ち上げたようです。
一所、網も柱もグニャとひしゃげていたことがありました。
a0019755_2334979.jpgそれを見てから、実は、
「イノシシは入ろうと思えばどうやってでも入るんだ……打つ手無し」
と、内心諦めかけていたところがあるのですが、今はまた希望を取り戻しつつあります。
この先、どちらかの工法が破られたとしても、二つを組み合わせて二重の柵にしてしまえば完璧にイノシシやシカをブロックできるだろうと。



イノシシは柵に牙を掛ければ、ウエイトリフティング中のマッチョマンの様なスゴイ力を発揮するようですが、その前に鉄条網が一本でも張ってあれば、
「アイタタタッ」
と、泣いて逃げていく筈!
サツマイモはアタシも好物ですがイノシシも大好物、今年は全滅にされてしまいましたがとにかくこれで来年からはウハウハに収穫できる筈です!
えっ?そんなに上手くいくかって?
こういうのを、「捕らぬタヌキの皮算用」というらしいです。
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by kaizoe | 2004-11-03 23:18 | 田舎生活
釜山旅行part4・実弾射撃
ワタシが手にした拳銃はS&W、M19コンバットマグナム(357マグナム)。

最初、弾を抜いた状態で射撃姿勢の簡単な手ほどきを受けました。
足を少し開いて立ち、右手をスッと伸ばして銃を構える。
グリップの底に左手を添え銃を安定させる。
肩の力は抜き、平常心と姿勢を保ったまま的に照準を合わせてトリガーを……カチャ。。。

次に実弾を装填した銃を再度手渡された時にはまったく違う緊張感がありました。
シングルアクションで撃鉄を起こし、距離は8メートルくらいだったのかな?
一人用に小さなパーテーションで仕切られたカウンターの窓から映画やドラマでよく見る同心円と点数が書かれた射撃練習用の的を狙ってトリガーを軽く引くと、いきなりガッ!と、いう衝撃が手に。
音はバーン!ではなく、レシーバー(防音イヤホン)越しにダッ!!と、頭にぶつかってくる様な破裂音。
五感が感じ取った情報はそれだけでした。
一瞬の出来事で視覚はその時何が起こったのか正確に捉えることはできませんでした。
銃を下ろし、的を凝視すると中心から左下に少し逸れたところに小さな穴が開いていました。
20発撃って終了しました。

今回の旅行では初めから実弾射撃は体験するつもりで、部長達にも希望は伝えてありました。
帰国の日の26日の朝、ホテルの近くに見つけてあった西面実弾射撃場に8人全員で赴き、うち4人がチャレンジしました。
あとの3人が選んだ銃は映画ダーティーハリーで一躍有名になったS&W 44 マグナムが2人、 映画マトリックスでネオが使っていたというセミオートマチックのベレッタ M92が一人でした。

他の人の様子は待合室からモニターで見られるんですが、以前から聞いていたとおり44 マグナムの破壊力はかなりのものらしく、発射後はズシンという反動を喰らっているようでした。
「オートマチックは連射が面白い」と、ベレッタの彼はパン、パン、パン!と続けて撃っていました。
モニターには射撃をする人物しか映し出されません。
彼は大人しい人ですが、スポーツ刈りで少しヒゲを蓄え、おまけに銀縁めがねが光線の加減でサングラスの様に黒く潰れて見えた為に、銃を乱射していたそのさまは……ほとんどヤ○ザの出入りの様にワタシの目には映りました(笑)
いえ、実際少し不気味ですらありました。
モニターに写っている彼は的を狙っていました。
でも、もし標的が人間であってもやっぱり画としては同じなのでしょうから。

ワタシは別にガンマニアではありませんし、特別、銃などの武器に憧れや興味を持っていたわけでもありませんでした。
今までに韓国に行った時も、実弾射撃などまったく興味はありませんでした。
それが今回、
「撃ってみよう」
と、思い立ったのは……正直、タダの思い付きという割合が多いのですが、戦争や犯罪に密接に関わる武器というものを肌で感じ、手にとって実感してみたいという気持ちが沸いたということもありました。
体験してみて何が分かったかというと……大した収穫はありません(^^ゞ

ただ、意外だったのは初めて手にしたコンバットマグナムが何だか扱いやすく思えたことでした。
もっと難しいものかと思っていましたが、印象としては、
「自分でもすぐに使えそう」
と、いう感じでした。

反面、ストレスを感じさせるのはやっぱり衝撃でしょうか。
的当て遊びならモデルガンでもコンピュータゲームでもできますが、実弾の入ったコンバットマグナムは一発撃つ事に著しくワタシの集中力を吸い取り、そのたび、強い衝撃と大きな破裂音を響かせました。

トリガーを引く度にひとつ、またひとつと増えていく、的の小さな穴。
その衝撃と大きな音は、的の紙を射抜く為にその銃に与えられたのでなく、人の肉体を貫き、命を奪う為に設計され改良されてきた結果だったのです。
率直な印象を述べると銃というものは思いの外道具としてよくできていると思いました。
その皮肉を思うと生まれて初めての射撃にもはしゃぐ気になれませんでしたわ。。。
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by kaizoe | 2004-11-03 00:28 | 旅行記
釜山旅行part3・怒濤の垢すりの巻っ!
釜山での宿泊一日目、いや、ワタシは別に垢すりをしに行ったんじゃないんです。
なのに……いつの間にか素っ裸になって公衆浴場の片隅の台の上に乗っていました。
そして、脇には必殺仕事人のごとくギリギリと力を込めて右手にタオルを巻いていく筋肉隆々の中年男性……その人も何故か全裸(笑)

いえね、せっかくの海外旅行なのに早く寝てしまうのも勿体ないってことで、マッサージでも受けに行こうと夜の街に繰り出したんですよ。
ホテルからほど近いビルの最上階、銭湯とフィットネスクラブ(行ったことないけどな)を足して2で割ったような店に行き、4人でスポーツマッサージを頼みました。
そこまではすんなり行ったんです。
ところが階下のマッサージ室に行くと小柄な女性のマッサージ師が一人いただけ。
あとの3人分はどうなるんだということになりました。
応援が来るというのだけど待てど暮らせど姿は見えず、無意味な時間がダラダラと過ぎていきます。
ワタシらや受付の男性はフロントとの間を行ったりきたり、日本語、英語、韓国語ごちゃ混ぜのすったもんだになりました。
「ああ、もう最悪!キャンセルしよう。金返して貰おう」
と、いうことになったんですが、相手もなかなかしぶとい!
「垢すり、垢すりはどうです!お客さん!」
と、勧めてきたんですね。
「てやんでぇ、俺たちゃマッサージ受けに来たんでぇ。大体さばけもしねぇ仕事受けやがって、ふざけるねぇぃ!」
って、感じだったんですが、人と気まずい雰囲気で別れるのが嫌いなワタシらは歩み寄ってそれを頼むことにしたんです。
基礎的な韓国語も知らずにノコノコ訪れたワタシらが致命的に悪いわけですし、ハハ(^^ゞ
でも、垢すりなんて全然やりたくなかったんですけどね~、毎晩風呂でゴシゴシ洗ってますからね~。

まっ、何事も経験だと大浴場に行き湯船で体を温めていると、フロントで何度か顔を見ていたオヤジさんが素っ裸でやってきました。
「ゲッ!まさか」
「へイ!誰の番だ!?来な!(たぶんそんな感じ)」
その人の大きな声で呼ばれ、パーテーションで仕切られただけの垢すりコーナーに行きました。
台の上に寝ると……それはもうまな板の鯉の心境です。
すぐにカンナを掛けるような力強い垢すりが始まりました。
「ウロコを包丁の背で削られてる鯉はきっとこんななんだ~」
と、妙に冷めた気持ちで……ひたすら耐えました(笑)
垢すりというと、女性が丁寧に優しく摺ってくれるのかと思っていたのですが、現実はあまりにも厳しかった。
オヤジさんはチンチンブラブラのまま時折晴れやかな笑い声を上げ、時折ワタシのチンチンをペシペシ叩きながら猛然とそして一心不乱に垢を摺ってくれました。
修行、荒行……いえ、それはもはや格闘技のようでした。
また……分厚い胸板、丸太のような逞しい二の腕、裾を刈り上げたサッパリした髪型……オヤジさんはそんな場所に置いておくには勿体ない程の好男子で、凛々しい立ち姿と彫刻のような鍛え抜かれた肉体、そして仕事に対するひたむきさはワタシに崇高さや神聖……のような印象さえ感じさせる程でした。

おっと、勘違いして頂いちゃ困ります!
正直、ワタシはあっちの趣味はないので、楽しさとはほど遠い何とも居心地の悪い数十分でした。
「なんでお金払ってこんな思いをせにゃならんのだ、トホホ」
なんて、いささか悲しくもあったのです。
でも……二度とできない貴重な体験だったと思います。
ええ、二度と……もう二度としませんよ垢すりなんて。
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by kaizoe | 2004-11-02 02:33 | 旅行記