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田舎の暮らしと夏に行われる火祭りについてつづっています
by hisa
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嵐の一日
宮川は延長約90㎞、三重県を流れる最大の河川です。
世界遺産への登録で今にわかに注目を集めている熊野古道が広がる紀伊山地を源流とし、伊勢平野に流れ出て伊勢湾へと注ぎ込みます。
その河口に当たる伊勢の街は伊勢神宮の門前町として古くから栄えてきました。
宮川の宮の文字は外宮、内宮(伊勢神宮)から取られ、おかげ参りなど遠い昔からお伊勢参りを目指してきた旅の参拝者達はこの川の水で禊ぎ(みそぎ)をしてから伊勢の街に入ったそうです。

昨日からの台風21号の影響でこの宮川流域で大きな被害が出てしまいました。
「森の番人」というナチュラルウォーターを販売している上流地域の宮川村では土石流がいくつも発生し亡くなられた方も出てしまったらしい。。。
中流域、下流域も危険水域を超える濁流が押し寄せて、家屋浸水、地域住民への避難勧告もかなり広い範囲におよびました。
ボクも最近はその宮川近くの工場で働いているのですが、幸い浸水はなかったものの15時過ぎに社内に緊急放送が入り全員退社の指示が出ました。
まっすぐ帰るのが勿体なくて、回り道をしてちょっと川の様子を見に行ったのですが(^^ゞ、堤防すれすれまで増水し、見たことのない速さで流れていく濁流を見てゾゾッとしてしまいました。
沿岸に作られたピクニックや野球グランドの施設が並んだ自然公園は跡形もなく飲み込まれ、仮設トイレやグランドのバックネット、サッカーのゴールなどが水面上に頭を突きだしてそこが元は公園であったことをわずかに知らせているくらいでした。
堤防によって何とか氾濫はくい止めていましたが、その脇に広がる伊勢の街はひいき目に見ても水面すれすれか、正直なところそれ以下に見えるのであって、『もし、堤防が決壊したら……』と、想像するとまた恐ろしくなり……携帯で写真を撮る元気も消え、ボクはトットと家に帰ったのでした。

その辺りから水平方向に3,4㎞ほど離れたところには叔母一家も住んでおり、大分心配したのですが、そろそろ台風の風雨も峠を越したようで一安心といったところです。

ところで、今日は危機管理の難しさを実感してしまいました。
雨の中、堤防の脇の細道を自転車を漕いでいるおばさんがいたんです。
見たままを言うと呑気な感じでした。
そこからは宮川の荒れ狂った様子が見えなかったんでしょうね。
その近くの県道もたくさんのクルマが行き交い、いつもと同じ平和な日常生活が営まれていました。
その後、もし、近くかその上流で堤防の決壊やオーバーフローがあったらたくさんの被害が出てしまったでしょうが。
でも、結果として洪水は起こらなかったわけであり、仮に避難勧告に従った人がいたとしたら骨折り損になったわけなんですが。
それを見越してみんな平然としていた(ように見受けられた)のか。
結局、最後は自己責任だと思うんですが……自分が当事者になったらどうするだろう?
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by kaizoe | 2004-09-30 00:47 | 自然と共に
カマドウマアタック
うちの村はマンガンの鉱脈があるらしく、ボクらが生まれる前は盛んに採掘がされていたそうです。
マンガンとは原子番号 25 の元素で元素記号は Mn。
マンガン鋼やマンガン電池の材料に使われたりするらしい。

うちのすぐ上の山にも採掘現場があり、なんと我が家の庭まで線路を引いてトロッコで原石を運搬していたそうです。
当時はたくさんの人夫さん達が働きにきており、その中には五木ひろしさんのお父さんもいました。
まだ子供だった五木さん(本名は知りません(^^ゞ)はお父さんに連れられて我が家にも来たことがあるそうです。
小学生の頃、そういう話を聞くたびに、色々と想像してはその頃の様子をぜひ見たかったなぁと残念に思ったものでした。

今は当時の活気をしのばせるものはほとんど見あたりません。
何年か前に見に行ったら、廃坑となった鉱山はほとんどが崩れて穴も小さくなっていました。
トロッコが通っていた山道もレールは朽ち果て所々に枕木のコンクリートや金物が落ちているくらいです。

それでも、ボクが小学校の頃にはまだ穴は巨大な洞窟のままで、何度となく探険に出掛けたものでした。
目的はコウモリの捕獲!
青い鳥とかコウモリとか川の主の巨大鯉とか、ボクはどうもそういうのを探すのが好きだったみたいです……結局何にも捕まえられませんでしたが(^^ゞ

廃坑は大、中、小と三つばかりあり、一番低い場所にあった小さい穴は崩れてほとんど埋まっていました。
真ん中の穴は奥行きが10メートル程度、勿論真っ暗でしたが、そこにコウモリがいるのは分かっていましたから虫取り網を持って何度か捕まえに行きました。
でも、コウモリはすばしっこくていつも逃げられてしまいました。
かわりに、ひんやりと冷たい岩肌にまだら模様のカマドウマがたくさん群れていて、ボクらが近づくと一斉にこちらの顔や体に体当たりを喰らわせてきました。
その、グニュっとした感触を今でもハッキリ覚えています。
いつも何人かの友達と一緒に行ったのですが、ボクらは大抵大声を上げて逃げ出しました。

一度、捕獲に失敗するとコウモリはなかなか帰ってこないので、一番高いところにある一番大きく深く不気味な穴に入って遊びました。
中は真夏でも寒いくらいで、息はいつも白い霧へと変わりました。
懐中電灯を頼りに20メートルほど奥へ歩いていくと低い場所には池のように水が溜まっており、中に入って進むとしびれるくらいに冷たかったものでした。
道が崩れて断崖になっており、最深部にはいけなかったのですが、ロープを張ってでも行ってみたい衝動に何度も駆られました。
でも、万が一事故にあったりすると家族に迷惑が掛かるし、まだ死にたくないしなぁ、なんて弱気が出て結局は実行できませんでした。

昔っから、ここぞというところで勇気が足りないボクでしたが……でも、それくらいで良かったのかもなぁ。
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by kaizoe | 2004-09-28 02:23 | 田舎生活
これは何?
a0019755_18413333.jpg


今しがた、玄関にいるのを見つけました。
こんなの生まれて初めて見ましたよ。
この生物、なんていうのでしょう?

お食事中の方がもしおられたなら、ゴメンしておくれやっしゃ~。
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by kaizoe | 2004-09-22 18:39 | 田舎生活
こんな風に考えます
一度触れようと思っていたのですが……

お昼のニュースで、
「子供による凶悪犯罪が後を絶ちません……学校教育の一層の改善が求められています」
と、いった風ないささか聞き飽きたことをまた言っていました。

ボクはマスコミや教育関係者達が、本気でそんなことを考え言っているのだとしたら、それこそ大問題ではないかとよく思います。
学校教育で子供達の精神面をコントロールしたり病んだ魂を救うことができると彼らは本気で考えているのでしょうか?
もし考えているのなら、そんなの楽天的過ぎるし、まったくの身の程知らずにしかボクの目には写りません。
第一、ここ数年、事態は改善されるどころかますます深刻化している現状があるというのに、まだ性懲りもなくそういうことを軽々しく口にすることは無責任だとさえ思います。
むしろ、みんな、本気では何も考えていないからそんなありきたりな意見しか思い浮かばないのでしょう。


ニュースでは、
「相手を大切にする気持ち、命を大切にする気持ちを養う授業を……(なんとかかんとか)」
とも言っていましたが、それもまた恐るべき勘違いとトンチンカンぶりです。
そういうものは教育ではぐくまれたりするものではないように思います。

ボクは特別優しい人間ではありません。
でも、生き物はなるべく殺さないようにしているし、ゴキブリですら見つけても見逃してしまいます。
さすがに蚊は叩きますが、それもあまり気持ちのいいものではありません。
それは、教育で教え込まれたからではなく、これまでにいろんな経験をし、たまたま行き着いた状態なのです。
子供の頃たくさんの生き物を殺したということも少なからず影響しているでしょう。
トンボの尻尾を千切って代わりに草の茎を刺して飛ばしたり、カエルの口に爆竹を突っ込んで破裂させたこともありました、まだまだ残酷なことはたくさんやりました。
そういうことをやっていた頃は特に罪悪感もなかったように一見思いますが、30数年経った今でもその時の状況を映画を見るように思い出せるというところを見ると、不快な気持ちや後悔を伴って記憶に焼き付いてしまったのだろうと思います。
若い頃、誰かに傷つけられたり、反対に傷つけたりしたこともたくさん覚えています。
そういう様々な体験を経て、今の自分ができたのであり、今、途中経過として、
「なるべく生き物は殺したくない、なるべく誰も傷つけたくない」
と、いった気持ちや行動に繋がっているのだと思います。
決して学校教育の……例えば道徳の授業や教員の指導によってそうなったのではありません。

「教え育てる」……「教育」って言葉自体が何だか高飛車で押しつけがましい感じを含んでいると思いませんか?
システムを構築してきた人間達が持っている体質のうち、傲慢さや独善的な資質がこの言葉ににじみ出ているのかも知れませんね。

頭のカチコチな秀才達が「教育、教育」と、騒いでいる内は事態は何一つ改善していかないんじゃないでしょうか。
自分たちがまず子供達を見下ろすような態度を改め、おのれの曇っためがねをもっと懸命に磨こうとしなければ、問題の本質も解決策も永遠に見えてこないように思えてならないです。
現場で頑張ってる方達もきっとたくさんいるのでしょうが……
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by kaizoe | 2004-09-22 01:05 | 田舎生活
宿敵
どなたか、有刺鉄線がドコに売っているか教えてください。

Yahooや楽天でヒットするのはチョーカーやピアスといったファッション関係、アクセサリーが主ですね……世の中平和なんですね~。
こっちはバリバリの戦闘モード!
最後の切り札として陣地の周りに鉄条網を張り、にっくき敵の侵攻をくい止めねばならない、そんなところまで追い込まれているというのに。

えっ?敵って何者かって?
それはここ数年の宿敵イノシシ軍団なのです。
最近はイノシシの他に、サル軍団やらシカ軍団やらアナグマやらカラスやら入り乱れて畑にやってくるようになり、このところの野菜の収穫は散々です(ノ_<。)うっうっうっ

でっ、一番図体もパワーもでかくて被害もでかいイノシシの襲来をまず何とかくい止めなくてはと、ず~っと気にしてはきたのですが、何しろ決め手がなくって。。。

でっ、数日前に近所の方から、
「柵の他に地上すれすれに鉄条網を張ってはどうか?奴らは鼻をヒクヒクさせてやってくるからトゲに当たると痛がって逃げていくだろうから」
と、アドバイスをいただいて、
「それ、いただき!」
と、なりました。
それで今日、有刺鉄線を求めて方々のホームセンターやら農業資材の店を回ったのですが
残念ながら見つけられませんでした。

国旗なんかも、どういうカテゴリーの店で売ってるか分からないですが、有刺鉄線も分からないですね~(笑)
次の休日、また別の金物屋なんかを回ってみるつもりですが、今度はあるかなぁ。
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by kaizoe | 2004-09-21 02:58 | 田舎生活
シャグチさん
a0019755_0493549.jpgうちの村に流れている河内川は、日本の多くの川がそうであるように岩盤や山に当たっては右、左に迂回して、グニャグニャと蛇行しつつ流れています。
その、急に進路を変えるポイントではどこも川底が深くえぐれて淵を作っています。
昔は自然のままの姿でしたから、川面には木の枝や竹藪が複雑な影を落として、淵ごとに個性的で幽玄な情景を見せてくれていましたが、今では護岸工事が進み随分とその姿を変えてしまいました。

面白いなぁといつも思うのは、淵にはそれぞれ名前が付いており、そのどれもがユニークだというところ。
例を上げると、うちから少し川上に上がった所に「イデンコロ」という場所がありそこから川下へ向かって→「シャグチさん」→「イセキ」→「シャガリ」→「オンダ橋」→「シログチ」などと命名の由来が分かるような分からないようなのが続きます。
この内、「イセキ」はこのぺージのサイドバーに飾っている画像の場所で、まんま「井堰」という田んぼの取水口の意で間違いはなく、「オンダ橋」は昔、年貢米を誤魔化す為にこっそり作られた田んぼ(が近くにある)という意味で「隠田橋」なのかなぁとボクは考えていたりします。
祭りをやる「隠田岡(おんでんおか)」にはこの橋から山道に入りますのでもしかすると元は同じだったのかも知れませんねぇ。

a0019755_050377.jpg「シャグチさん」はボクの家のすぐ近くなんですがどうやら「社宮司(しゃぐうじ)さん」が訛った言葉のようです。
淵の近くには祠が建っているし。
ちょっと調べたら「社宮司」というのは信濃国は諏訪明神の末社であり、この志摩地方には方々に散在しているそうです。
いつの時代にどういう経緯でこちらに広まってきたのか辿ってみると面白いかなぁと思っています。

近所の「社宮司」は何故か昔からボクの家を含む隣近所の7軒だけで世話をしています。
うちの村の方々には小さな祠(ほこら)があって、その神様にゆかりのある数軒でそれぞれが独自に世話をしているらしいです。
ボクが小さかった頃は毎年12月6日にその7軒が持ち回りで場所と料理を提供してにぎやかに宴の席がもうけられました。
座敷には膳が並べられ、その上には幾種類もの小鉢。そして部屋の中央には大きな鯛の焼き物が置かれていました。
父親に連れて行って貰い、ボクが生まれて最初に目にした豪華な食事がその「シャグチさんの祭り」でした。
もしかするとガリバー効果のせいで、今見たら案外質素な宴の席なのかも知れませんが、あの時は、
「うわ~、スゴイ料理やなぁ」
と、びっくりしつつ、そういう席をもうける大人達に粋のようなものを感じたものでした。
その日のことが何だか懐かしく思い出されます。
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by kaizoe | 2004-09-16 00:56 | 田舎生活
いよいよ明日になりました
明日から公民館の畳の部屋を借りて、婦人会の方々と一緒にパソコンについて学んでいく場を始めるんですが。

でっ、その前に、いきなりではうまくいきそうにないしで、先月末と9日の夜に何人か集まって貰ってテスト的にやってみたんです。
ポイントは、女性たちの平均的なスキルレベルのチェック……もしかして、すでにボクより上だとちょっと恥ずかしいしね。
それから、みんな、どんなことを求めてやってくるのか、ボクの技量でどれだけのことができるのか、そして、ネットに繋げた状態でやっていきたいので、皆がパソコンを携えてやってきてLANに接続する、それがスムーズにいくかということなどなど、掴んでおきたい項目は結構ありました。

やってきてくれたのは20代前半の仲良し3人組の女の子達……と、言っては失礼ですね、妙齢の女性達でした。
一人はタイピングに関してはすでにボクよりかなり上手でした、ハハハ(^^;
でも、ネットの使い方なんかはまだあんまり知らないのかなぁ、あとの2人も初心者のような感じでボクにはちょうどいい練習相手かというところでした。
2回目はさらにもう一人、彼女達と同い年の子も加わってくれて4人の女性に囲まれ楽しく……いっ、いえ、データ収集に関して良い時間がもてたのではないかと思っています。

う~ん、できれば婦人会の方々をお招きする前に、あと数回練習したかったなぁ。
えっ?何でって……勿論、シミュレーションと段取りをより細かくたてる為にですよ。
それ以外の目的や魂胆はありません(キッパリ!)
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by kaizoe | 2004-09-11 23:22 | 田舎生活
地震
19時過ぎに震度4程度の地震があったばかりですが、たった今さらに大きな震度5程度の地震に襲われました。

その時、ボクは風呂に入ってまして、一応パンツだけはいてもっと揺れが大きくなった時の為に一旦外に出ました、ハハ。
幸い、揺れはすぐにおさまったので改めてゆっくり入り直しました、ハハ。

ただ、鳥羽志摩地方は太平洋に面した海岸線を多く持っていますので、初めて聞いた「津波警報」が発令された今、しばらく近辺の様子を見守りたいと思います。
いざとなったら消防団員として出動しますが……そういう事態にならないことを祈りたいものです。

東海、関西方面で広い地域に渡って結構揺れたみたいですが、皆さんは大丈夫ですか?
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by kaizoe | 2004-09-06 00:14 | 田舎生活
気がつけば
『さ、寒いんですけど……』

朝、起きたら『涼し~』を通り越して寒さを感じるくらいに急激に気温が下がっていました。
クルマで仕事に出掛ける時には、車内の温度調節スイッチを暖房側にしたくなりましたがのびそうになる指先を懸命に止めました。
そんなことをしたら、また誰かに、
「大変だねぇ、それって秘境性気候?」
ってくらい、つっこまれそうですもん(笑)
台風の次の日はサウナの様な猛暑だったのに、夏から秋の世界に一気にテレポーテーションした感じです。

傾向としては例年そうなんですが。。。
この辺りはお盆を過ぎる頃から朝夕が急に涼しくなります。
近頃は夜に飲むコーヒーもホットの割合が増えていました。
虫の音も、昼間はいつの間にかミンミンゼミやアブラゼミが消え、ツクツクボウシが少し寂しげに鳴き、夜は秋の虫達の声が少しずつ増えてきました。
今日、家の中に小さなコオロギが入ってきたから、彼らの声が聞こえるのももうすぐでしょう。
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by kaizoe | 2004-09-03 00:57 | 田舎生活