鳥羽・河内火祭りトップぺージへ


田舎の暮らしと夏に行われる火祭りについてつづっています
by hisa
S M T W T F S
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
カテゴリ
リンク
最新のトラックバック
四万十川編
from 四万十通信
荒廃森林
from フォトログ 森の窓
榊原温泉
from 全国有名温泉ガイド
『その時、歴史が動いた』..
from バガボンド・ブログ
まだまだその後…w
from 豪大のなんでも日記
以前の記事
検索
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧
<   2002年 07月 ( 1 )   > この月の画像一覧

ターザンの蔦
お盆が近づいてきました。
うちの村では毎年8月15日に行われる盆祭「火祭り」という行事があるんですが…その開催日もだんだんせまってきて準備や段取りがいろいろ忙しくなってきました。

今日は朝から執行部と新入りの少年達(15歳)に出て貰って、山に藤蔦を切りに行ってきました。

祭のフィナーレを飾る大松明は杉の丸太、麦ワラ、ワラ縄など、昔から伝わっている製作法、材料をそのままに受け継いで作っているんですが、完成すると20mに達するその大松明を広場に建て三方から大綱で引っ張って固定する、そのつなぎの部分には柔らかくて物理的強度に優れる藤の蔦が用いられます。

藤っていうのは、学校や公園に藤棚として栽培されていたりする春に紫色の可憐な花をつけるあの花です。その幹、蔦の部分は太いものだと人間の腕や太股くらいになりますが、山の沢づたいに自生するその野生種をとりに行くのです。
極太の藤は直径約90㎝重さ70㎏の真鍮製の鐘(鉦という字を使います)を叩くハンマー型のバチに使うのですが、大松明(柱松といいます)を固定するのに使う細身で柔らかい根の部分と合わせて軽トラックに2杯ほどの分量を毎年山に調達しに行くことになっています。

この暑いさなかに傾斜がきつく足元の悪い山に入り、時には木によじ登ってノコギリを挽き、切り落とした重い藤を肩に担いで車まで出すのはかなり重労働です。
毎年、上品にそして華奢になっていく新入り君達にとっても非日常的でちょっとした試練になるのかも知れません。
「どうしてそんなことをしなければならないのか…」
こんな作業や祭に参加すること自体に疑問や反発を感じ、村を出たり組織から脱退する人が増えてきているのですがボクらは何とか続けていきたいと思っています。

戦後の華々しい復興と経済発展を成し遂げた日本の力、その土台を支えてきた大きな柱は男達のねばり強さと身体、精神のたくましさだったのではないでしょうか。
その力と魅力を現代社会は日に日に失おうとしているように見えます。

祭に参加するということは、ひとりひとりに正にそんな力を要求し、いっぱしの男として成長していくようにその向上の機会も与えてくれると思っています。

この後、来月8月7日に若衆全員が集まって柱松作りの準備、その日から毎夜の練習も始まって科学や文明から遠くかけ離れた不思議な1週間が始まります。
[PR]

by kaizoe | 2002-07-28 13:36 | 河内火祭りと若衆