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田舎の暮らしと夏に行われる火祭りについてつづっています
by hisa
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風が置いていった宿題
ここ数年、異常気象続きの日本列島ですが、今年の火祭りの岡(穏田岡)には嵐の様な強風が吹き荒れていました。
柱松の立つ岡は直径20メートルほどの円形をしていて、その周囲の半分以上が木々で覆われています。
若衆たちが投げる火のついたタイが風に流され林に入る危険性は大ですし、燃えだしたツボキの火の粉の飛散も心配です。
そんなわけで火祭りの開催が一時危ぶまれました。

時間は日付をまたぐ頃になっていました。
それまで少ない人数で大念仏をやり通してきた若衆たちには「火祭り中止」という選択肢など思い浮かびもしなかったかもしれません。
しかし、テントの中で祭りを統括する組合の理事さんたちと一緒に様子を見ていた私は不安をつのらせていました。
私は今年、祭りの役割は何もなく、部長をすでに終えた窓際消防団員という妙なポジションでその場に居たのですが、フゴ役(頭下)という役割で、祭りのまかない等の世話をしていた現消防団部長と相談の上、村(正確には鳥羽市消防団・加茂分団第3部)の消防車を現場に上げてきていました。

組合の理事さんたちと相談しました。
「(このままでは)危ないのぉ。。。消防車の用意(いつでも放水できるように)しといた方がええんとちゃうか」
必要なのは分かるのですが、残念ながら作業に当たる手がまったくありません。
自由に動ける身で、祭り会場に居合わせた現役消防団員はたぶん私一人だったでしょう(祭りに参加していない団員にはいろいろあって連絡しづらい状況なのです)
部長以下、後のバリバリは全員若衆で祭りに参加しています。
その旨を説明し、
「無理ですわ」
と、お断りしました。
若衆と団の大先輩である理事さんは、
「そやけど、お前のぉ(この状況はまずいやろ)」
と、迫ってきます。
今年の春から鳥羽市の市長に就任された木田氏も、我々の先輩であり団のOBでもあります。
理事さんと同じことをおっしゃって消防車の準備を要求してきました。
準備したいのはやまやまでしたが、無理なものは無理、一人ではどうしようもありませんでした。
市長もやはり、
「そやけど、このままではさせるわけにはいかんし」
と、いうようなことをおっしゃるので、
「では、団のOBの方々が手伝ってくれるんでしたらやりますわ。どなたか準備と後かたづけまで一緒にやってくれるんでしたら。あぁ、自主防災会でもええし」
と、提案しましたが、いい返事は帰ってきませんでした。
会場全体まで呼びかけたら、そこそこの人数が集まるのではないかと考えたのですが。
結局、祭りの最高責任者である組合長も登場し、頭との緊急協議に判断を委ねることになりました。

話し合いはすぐに決着し、上の頭である上村くんが若衆全員を集め、事情を説明し始めました。
「このままでは、危なくて(火祭りは)できないから消防車の準備に4人行ってくれ。行ってくれる者誰かおるか!?」
と、呼びかけると間髪を入れず鉦打ち(現役団員)4人が手を上げました。
「じゃ、放水の準備だけ済ませて全員揃ったところで火祭りをやろう(と、私は確か言ったと思うのですが。。。)」
その4人と私とで、岡を降り、消防車の準備に掛かりました。

私が消防車の準備を渋ったのには、人数問題の他いくつか不安要素があったからなんですが、一番の問題が水の調達でした。
市の消防設備はこの岡(河内町岩倉町共同墓地)の火事を想定していないのでしょうか。
消防車はあっても肝心のまとまった水(消防用語で水利といいます)が近くにありません。
幸い、近年できたすぐ近くの団地に消火栓と防火水槽があり、署には無届けではあるけれど事後報告ということでより近くにある防火水槽から水を得ることにしました。
それでも柱松の立つ岡までは距離にして200メートル以上、高低差も2、30メートルはあるでしょうか。
団に支給されている旧型の小型ポンプ一台で水を送ることが果たしてできるか心配でした。
できれば、もう一台ポンプを用意し中継加圧させて高低差の水圧低下を補いたいところです。

4人は祭りで疲れ切っている筈でしたが、嫌な顔一つせず完璧に作業をこなしてくれました。
消防の基本的なホースの長さは一巻20メートル、それを10本程度2人が延長、連結し、私ともう2人でポンプを用意し、最後に柱松の根本までのばしたホースに筒先をセットしました。
さぁ、山の下にいる筈のポンプ機関員Mくんに「放水始め」の伝令を送り、放水試験の後、火祭りに……と、考えながら岡に戻ると、何とまぁ、火祭りはとっくに始まっていてすでにツボキがチラチラと燃え始めていました(笑)
風のせいで、今年は結構早くツボキに点火したそうで、その後ツボキは勢いよく燃え上がり、旗竿は次々に倒れ、頭の合図で柱松は綺麗に倒されました。
その頃には上手い具合に水が送られてきて、倒された後もまだ大きな炎を上げ燃え続けるツボキの消火に参加し、その後、高い木の枝に引っかかったタイの消火などをうまくこなしてなんとか無事に済ませることができました。

人数が少ない上に、消防車出動という突発事項も増え、今年は例年以上に大変だったでしょうが若衆たちはホントに良くやってくれたと思います。
みんなエライ!私は大いに感動させて貰いました!
全部うまく行って、めでたしめでたし。。。

いえ、いくつか苦言も呈しておきたいと思います。
どうして放水試験の成功を待たずに火祭りが始まってしまったのでしょうか?
理事や市長は消火の準備が整わなければ許可はできないといった意味で、私たちを作業に付かせたのだと思います。
ならば、放水が満足にできることを確かめた上でGOサインを出すのが筋でしょう。
判断を誤ったのは頭以下鉦役8人も同じですが、特に頭たちはある種の興奮状態にあったかも知れませんから仕方ないかと思います。
私も経験がありますから。
若衆が見切り発車で突っ走ろうとしたら、それを諫めるのが若衆の上の組織である組合理事の仕事ではないのでしょうか。
理事さんたちが若衆たちのことを思ってつい声を掛けられなかったとして、市長さんでも良かったのです。
とにかく誰かが待ったを掛けてもう少し待って欲しかったと思います。
結果オーライといえばそうですが、私には判断ミスがあったと見えて仕方ありません。
こういうことは、災害時の危機管理の予行演習にもなっていると思います。
反省するところは反省して、今後に生かしたいものです。
記事を書きながら、私も相当チャランポランなことを言っていたことに気づきました。
反省します(^^;

また、とてもかわいそうなこともありました。
そのことを上の人たちは知ってくれているのでしょうか?
火祭りが終わった後、参加者と観客の集団は帰路や村の観音さんで行われる精霊送りをするためにすぐに岡を後にし山を下りていきました。
静かになった岡で、火消し役の楽打ちたちと消防車の準備に当たった5人でホースを巻き、撤収作業を行いました。
消防車の準備に志願した4名はたぶん、若衆の中でもかなりの祭りバカだと思います。
みんなこの祭りが好きなんです。
アルバムの中で鉦を打っている顔を見て貰えば分かると思いますがMくんもまたかなりの祭りバカです。
団地の片隅、電柱についた街灯の下で送水圧力を最適に調整し、ポンプ操作を完璧にこなしてくれたMくんは岡に戻ってきた時、知らない間に全部が終わっていたことを知り、呆然としていました。
「何ねこれ~。。。何かもっすごう中途半端な気分やわぁ」
彼のあの時の言葉と気持ちを再現することは難しいですが、今年の祭りは何か大変大きな犠牲の上に成功したような気がしてなりません。

これから来年に向けて準備が始まる筈ですが、夏休みの宿題はずいぶん溜まっているみたいです。
それをひとつひとつ片づけて行かなければ。
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by kaizoe | 2005-08-18 00:28 | 河内火祭りと若衆
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